「今月の支払いがもたない…」
事業承継から3ヶ月、青ざめた顔で経理担当から告げられたその一言が、私の旧友・田中の耳に突き刺さったのは昨年の夏のことでした。
30年続いた父親の建設会社を引き継いだばかりの彼は、想像以上の資金繰りの厳しさに直面していたのです。
建設業界では、工事完了から入金までの「90日問題」が常態化しています。
しかし事業承継という大きな変化の中で、この資金の谷間を乗り切れずに倒産していく会社が後を絶ちません。
私はゼネコンの現場監督として12年、その後自身の会社経営でも、この「資金詰まり」の苦しさを骨身に染みて経験してきました。
今回は、事業承継直後の建設会社が直面する資金繰りの課題と、その解決策としての「ファクタリング」活用法について、現場目線でお伝えします。
「守るべき現場があるのに、お金がない」
そんな苦しい状況から抜け出すための一助となれば幸いです。
目次
建設業界における資金繰りの実態
「入金サイト90日問題」とは何か
建設業界には、工事完了から入金までに90日以上かかる「入金サイト90日問題」が根深く存在しています。
これは業界の多重下請構造から生まれた慣習で、大手ゼネコンから順に支払いが流れる仕組みのため、末端の中小建設会社ほど資金回収が遅れる傾向にあります。
実際、私が以前勤めていた中堅ゼネコンでも、発注者からの入金が60日後なのに対し、協力会社への支払いは45日後に設定していました。
この差額の15日分が会社の運転資金として機能する構造です。
つまり建設業では「請負工事をたくさん受ければ受けるほど」資金がショートするという矛盾が生まれるのです。
私の知人で年商3億円の基礎工事会社を経営する佐藤さんは「毎月の売上が500万円増えるたびに、約1500万円の追加運転資金が必要になる」と嘆いていました。
売上が伸びても、資金繰りに四苦八苦する—これが建設業の悲しい現実なのです。
倒産リスクの引き金になる「資金ギャップ」
“建設業の倒産原因第一位は「資金繰り悪化」である” ―東京商工リサーチ調査(2023年度)
建設業界では、資材費や人件費などの支出が先行し、売上金の回収は後になるという「資金ギャップ」が常にあります。
このギャップが積み重なり、ある日突然資金ショートを引き起こすのです。
特に問題なのは、このギャップが「見えにくい」ことです。
表面上の決算書は黒字でも、実際の資金繰りは破綻寸前ということがよくあります。
私が現場監督時代に目の当たりにした光景は衝撃的でした。
工事の進捗率は順調、売上も前年比120%と好調だった協力会社が、ある日突然姿を消したのです。
後で聞いた話では、急速な成長で資金が回らなくなり、従業員への給料すら払えなくなっていたとのこと。
「勝負に出たが、資金繰りが追いつかなかった」と社長は語っていました。
利益と資金は別物です。
この事実を理解していないと、会社は確実に倒産の道を歩むことになるでしょう。
現場と経理、板挟みの苦しさにあるリアル
「今月の支払いができません」 ―経理担当
「材料が入らないと工程が止まります」 ―現場責任者
このような板挟み状態は、建設会社の日常茶飯事です。
経理部門は資金の出入りを管理し、現場は工事の進行を最優先します。
しかしこの二つの視点は時に真っ向から対立するのです。
私の元同僚で現在は工務店の経営者である山田さんは、このジレンマをこう表現しています。
「現場からすれば、工事の遅れは信用問題。だから『なんとしても材料を入れろ』と言ってくる。でも経理からは『今月の支払い枠はもうない』と言われる。どちらも正しいんだよ。でも決断するのは経営者の自分…」
この苦しい選択を日々迫られるのが、建設業の経営者の現実です。
私自身も小規模リフォーム会社を経営していた時、この板挟みの状況で何度も夜を眠れぬまま過ごしました。
業界の構造的な問題が、会社の隅々まで影を落としているのです。
事業承継直後に起こる資金ショック
承継で変わる信用枠と取引条件
事業承継は単なる「名義変更」ではありません。
実質的には「新規創業」と同じくらいの変化が金融機関や取引先との関係にもたらされるのです。
銀行の融資担当者はこう言います。
「先代の時は即日融資もできましたが、新社長になったので融資枠を見直す必要があります」
取引先からも、長年の付き合いだったはずなのに突然こんな言葉が。
「社長が変わったので、念のため今月からは現金払いでお願いします」
ある電材商社の社長は、「先代との約束は先代との約束。新しい社長とは白紙から関係を作り直す」と私に明かしました。
これは取引先にとって当然のリスク管理であり、悪意があるわけではありません。
しかし承継したばかりの新経営者にとっては、予想外の「信用リセット」が資金繰りを直撃するのです。
想定外の出費と資金ショートのタイミング
事業承継時には、想定外の出費が次々と発生します。
私が支援した大阪のA建設では、事業承継直後に以下の予想外コストが発生しました。
- 古い重機の突然の故障(修理費350万円)
- 先代の保証で借りていた融資の一括返済要求(1200万円)
- 社内システム更新の必要性(180万円)
- 先代が約束していた協力会社への特別手当(230万円)
これらの合計は約2000万円。
承継時の資金計画では全く想定していなかった出費でした。
さらに厄介なのは、こうした出費が「悪いタイミングで重なる」ことです。
多くの場合、承継後3〜6ヶ月目に訪れる資金の谷間で発生します。
この時期は、先代の信用で受注した案件は終わりつつあるのに、新社長の信用での新規受注はまだ少ない「狭間の時期」なのです。
「前任者のやり方」からの転換リスク
「先代は頭の中で管理していた」
「口約束で進めていたことが多い」
「経験と勘で判断していた部分が大きい」
これらは事業承継後によく聞かれる言葉です。
先代のやり方を新体制に合わせて変えていく過程で、予想外のリスクが発生するのです。
具体的なリスク事例
- 口座残高管理の違い
先代は「いつも口座に500万円キープ」が鉄則だったが、理由を知らない新社長が別の用途に使ってしまい、毎月の自動引き落としに対応できなくなった - 取引先との関係変化
先代の時は納期に多少融通が利いたが、新社長になってからは厳格化。ペナルティが発生するようになった - 従業員の士気低下
先代独自の「報奨金制度」を知らずに廃止してしまい、ベテラン社員のモチベーションが急低下
これらは「見えない資産・負債」とも言えるもので、事業承継時の資料には表れません。
しかし資金繰りに直結する重要な要素なのです。
ファクタリングの基本と建設業への適性
ファクタリングとは何か?仕組みと種類の解説
ファクタリングとは、簡単に言えば「将来入金される予定の売掛金を、今すぐ現金化する仕組み」です。
工事完了から入金までの期間が長い建設業にとって、この「時間を買う」仕組みは非常に有効です。
具体的な仕組みはこうです。
- 建設会社が完成した工事の請求書(売掛債権)をファクタリング会社に譲渡
- ファクタリング会社は、その債権の評価額から手数料を差し引いた金額を建設会社に支払う
- 将来、発注元から入金があったらファクタリング会社が回収する
ファクタリングには主に以下の3種類があります。
1. 2社間ファクタリング
- 特徴:建設会社とファクタリング会社の2者間で完結
- メリット:取引先に知られずに資金調達できる
- デメリット:手数料が高め(10〜30%程度)
2. 3社間ファクタリング
- 特徴:建設会社、ファクタリング会社、発注元の3者で契約
- メリット:手数料が安い(2〜10%程度)
- デメリット:取引先に資金調達していることが知られる
3. セミ3社間ファクタリング
- 特徴:ファクタリング契約は2社間だが、入金は発注元から直接ファクタリング会社へ
- メリット:2社間と3社間の中間的な存在
- デメリット:ケースによって使い分けが必要
私の経験上、事業承継直後は「2社間ファクタリング」から始めるケースが多いです。
手数料は高いものの、取引先に新体制の不安を与えずに資金調達できる利点があります。
建設業における相性の良さと留意点
建設業とファクタリングの相性が良い理由は3つあります。
第一に、建設業の売掛金は「確定債権」であることが多いという点です。
工事が完了し検収も終わっている状態なら、支払いの確実性が高いため、ファクタリングの審査が通りやすいのです。
第二に、請負契約に基づく債権であるため「債権の根拠」が明確である点です。
請負契約書、注文書、納品書、検収書など、債権の証明書類が整っているため、ファクタリング会社からの信頼性が高まります。
第三に、取引先が大手企業や官公庁であることが多く、支払い能力への不安が少ない点です。
ただし、留意すべき点もあります。
「ファクタリングは、あくまで『一時的な資金繰り改善策』であること」
恒常的に使い続けると、利益を圧迫することになります。
また、下請法の観点から「債権譲渡禁止特約」がある契約では利用できないケースもあるため、契約書の確認が必須です。
私の知人で型枠工事会社を営む中村さんは、「資金繰りの緊急避難としては有効だが、依存する体質になると会社の体力を奪う」と警鐘を鳴らしています。
手数料・契約・取引先への通知…実務での注意点
ファクタリングを実際に活用する上で、注意すべきポイントをご紹介します。
手数料の真実
ファクタリングの手数料は「○%」という表現で提示されますが、これがどう計算されるかを理解しておく必要があります。
例えば「手数料10%」と言われた場合:
- 単純計算では100万円の債権なら10万円の手数料
- しかし実際には「年率」で計算されるケースも多い
「100万円の債権、入金まで3ヶ月、手数料年率24%」の場合
→ 100万円 × 24% × (3/12) = 6万円の手数料
また、初回取引と継続取引では手数料率が変わることも多いです。
契約書の要点チェック
契約書には必ず以下の点を確認しましょう。
- 手数料の計算方法(実質年率はいくらか)
- 遅延時のペナルティ(発注元からの入金遅延時の対応)
- 譲渡禁止特約への対応(契約に違反しないか)
- 反社会的勢力の排除条項(正規の業者か確認)
私が過去に支援した会社では、契約書の細部を確認せずに「年利36%相当」の高額手数料を支払っていたケースがありました。
取引先への通知と関係維持
3社間ファクタリングを利用する場合、取引先への通知が必要です。
この時のコミュニケーションが非常に重要です。
「資金繰り改善のための一時的な施策」と説明し、取引先に不安を与えないよう配慮しましょう。
事業承継直後であれば「新体制の一時的な資金調整」と伝えるのも一つの方法です。
私の経験では、事前に丁寧に説明すれば、多くの取引先は理解を示してくれます。
すぐに使えるファクタリング導入ステップ
必要書類と審査ポイント
ファクタリングをすぐに活用するために、以下の書類を事前に準備しておきましょう。
必要書類リスト
- 工事請負契約書(債権の根拠となるもの)
- 注文書・発注書(元請からの正式発注を証明するもの)
- 工事完了報告書・検収書(工事完了の証明)
- 請求書(金額の確定を証明するもの)
- 直近の決算書3期分(会社の財務状態確認用)
- 法人登記簿謄本(会社の実在証明)
- 代表者の身分証明書(本人確認用)
特に重要なのは「債権の確実性」を証明する書類です。
ファクタリング会社の審査では、以下のポイントが重視されます。
- 債権の確実性
- 工事は完全に完了しているか
- 検収は終了しているか
- 契約書上の支払い条件は明確か
- 取引先の支払い能力
- 大手企業・官公庁・地方自治体など信用力の高い相手か
- 過去の支払い遅延はないか
- 利用企業の状況
- 事業継続性に問題はないか
- 資金繰り改善の見込みはあるか
事業承継直後は特に「新体制での事業計画」を明確に説明できると審査がスムーズになります。
実際の導入事例:同業者のリアルな声
ファクタリングを導入した実際の建設会社の声をご紹介します。
「父から会社を引き継いで3ヶ月目、大型工事の支払いサイトと人件費支払いが重なり資金ショート寸前だった。ファクタリングで800万円を調達し、危機を乗り切った。手数料は高かったが、倒産するよりはマシだった」
—— 愛知県の内装工事会社 田中社長(事業承継1年目)「最初は『最後の手段』と思っていたが、今では資金計画の一部として計画的に活用している。年4回の固定資産税支払い前に、確実に入金予定の大型案件をファクタリングするパターンが定着した」
—— 大阪府の土木工事会社 佐藤社長(事業承継3年目)「事業承継時に銀行融資が半分に削減された。その穴埋めとしてファクタリングを活用した。徐々に銀行からの信用を回復させ、今では融資枠も元に戻った。ファクタリングは『つなぎ』として非常に効果的だった」
—— 福岡県の解体工事会社 山本社長(事業承継2年目)
これらの事例から見えるポイントは、「一時的な資金調達手段」として活用し、並行して本質的な資金繰り改善に取り組むことの重要性です。
「売掛債権の見える化」と情報整理のコツ
ファクタリングを効果的に活用するためには、自社の売掛債権を「見える化」することが重要です。
私が実践している「売掛債権管理表」の作り方をご紹介します。
売掛債権管理表の作成方法
- エクセルで以下の項目を管理する表を作成
- 取引先名
- 工事名
- 契約金額
- 請求済金額
- 入金予定日
- 債権譲渡禁止特約の有無
- 過去の支払い遅延の有無
- 入金予定日ごとに色分けして視覚化
- 30日以内:青色
- 60日以内:黄色
- 90日以内:オレンジ
- 90日超:赤色
- ファクタリング適性の判断基準を設定
- 優先度A:大手企業発注・債権譲渡可・金額大
- 優先度B:中堅企業発注・債権譲渡可・金額中
- 優先度C:小規模企業発注または債権譲渡禁止
この「見える化」により、資金ショート前に対策を打てるようになります。
ある鉄骨加工業の経営者は、この管理表の導入で「資金繰りの自転車操業から解放された」と語っています。
先を見越した計画的なファクタリング活用が可能になるのです。
ファクタリングを活かすための運用戦略
一時的な資金確保で終わらせないために
ファクタリングは「応急処置」であって「根本治療」ではありません。
一時的な資金確保で終わらせず、根本的な資金繰り改善につなげるための戦略をご紹介します。
段階的なファクタリング依存度低減計画
第1段階(3ヶ月):緊急資金確保
- 必要に応じてファクタリングを活用
- 同時に資金繰り分析を実施
第2段階(3〜6ヶ月):原因分析と対策立案
- 資金繰り悪化の根本原因を特定
- 入金サイクル改善の交渉を開始
- ファクタリング利用を計画的に
第3段階(6ヶ月〜1年):構造改革
- 前金・中間金の獲得交渉
- 支払いサイトの見直し
- 銀行融資枠の拡大交渉
第4段階(1年以降):体質改善
- ファクタリング利用を特定案件のみに限定
- 資金繰り余力の創出
私が支援した愛媛県の建設会社では、この4段階アプローチで2年かけてファクタリング依存から脱却しました。
当初は月2回のファクタリングが必要だった状況から、現在は年に1〜2回の利用にまで減らすことに成功しています。
他の資金調達手段との比較と組み合わせ方
ファクタリングは万能ではありません。
他の資金調達手段と比較し、最適な組み合わせを考えることが重要です。
調達手段 | 特徴 | 調達期間 | コスト | 事業承継後の難易度 |
---|---|---|---|---|
ファクタリング | 売掛金の即時現金化 | 最短1日 | 高い(年率10〜30%) | ★★☆☆☆(比較的容易) |
銀行融資 | 長期的な資金調達 | 2週間〜1ヶ月 | 低い(年率1〜5%) | ★★★★★(非常に難しい) |
ビジネスローン | 小口融資 | 1〜2週間 | 中程度(年率8〜15%) | ★★★☆☆(やや難しい) |
私募債 | 取引先からの調達 | 1〜2ヶ月 | 中程度(年率3〜7%) | ★★★★☆(難しい) |
資本提携 | 外部からの出資 | 3〜6ヶ月 | 株式の希薄化 | ★★★★☆(難しい) |
事業承継直後は、以下のような組み合わせが効果的です。
- 短期的な資金調達:ファクタリング
- 中期的な運転資金:ビジネスローン
- 長期的な基盤構築:銀行融資の関係強化
ある木造建築会社では、事業承継後にこの3段階アプローチを採用し、3年かけて安定した資金繰り体質を構築しました。
最初は「ファクタリング頼み」でしたが、徐々に銀行との関係を構築し、最終的には融資枠の拡大に成功したのです。
顧問税理士・金融機関との連携方法
ファクタリングを活用する際は、顧問税理士や金融機関との連携が非常に重要です。
顧問税理士との連携ポイント
- 事前相談の徹底
ファクタリング契約前に必ず相談し、会計処理の方法を確認しておきましょう。 - 決算対策との調整
決算月近くのファクタリング利用は、利益計画に影響する可能性があります。 - 税務上の留意点共有
ファクタリング手数料の損金算入タイミングなど、税務上の取り扱いを確認しておきましょう。
金融機関との連携ポイント
- 情報開示の姿勢
ファクタリングを利用していることを隠さず、資金繰り改善計画と合わせて説明しましょう。 - 段階的な融資提案
「現在はファクタリングで対応しているが、将来的には融資に切り替えたい」という姿勢を示しましょう。 - 経営改善計画の共有
ファクタリングは一時的な対策であることを示す経営改善計画を共有しましょう。
私の経験では、ファクタリングの利用を「隠す」ことが最大の失敗につながります。
銀行は「必要な資金をどう調達するか」よりも「必要な資金をなぜ銀行から調達できないと思ったのか」を気にするものです。
情報の透明性と将来への明確なビジョンが、金融機関との良好な関係構築の鍵となります。
まとめ
建設業における資金繰りの問題は、単なる「お金の問題」ではありません。
そこで働く人々の生活と、長年築いてきた信用、そして会社の未来がかかっているのです。
事業承継という大きな変化の中で、ファクタリングは「守りの一手」として有効な手段です。
しかし、それはあくまで「つなぎ」であることを忘れないでください。
私自身、建設現場で倒れた仲間を見た経験から、「資金繰りは命綱」だと痛感しています。
事業承継で会社を引き継いだあなたには、先代が築いてきたものを守る責任があります。
同時に、時代に合わせた新しい経営手法を取り入れる勇気も必要です。
ファクタリングはその一つの選択肢に過ぎません。
最終的には「現場を守り、社員を守る」という経営者としての覚悟が、あらゆる困難を乗り越える力になるのだと信じています。
事業承継後の資金繰りの苦しみは、必ず乗り越えられます。
その先に、あなたが築く新しい会社の未来があるのです。